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日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会は、茨城県の耳鼻咽喉科・頭頚部領域を専門とする医師が参加する会です。


鼻の日
the Day of Nose


2000年(平成12年)

「『鼻の日』にちなんで」ー嗅覚についてー

文責:筑波大学臨床医学系耳鼻咽喉科講師 伊東善哉

 今年もまた8月7日「鼻の日」がやって来ました.昨年までは,常陽新聞に「鼻の日に寄せて」という題名で寄稿していましたが,今年はめでたく日耳鼻茨城県地方部会のホームページができましたので,それを利用することにします.内輪ではない方が,たまたまこのホームページに迷い込んでしまったとき,多少なりとも興味を持ってしていただけるのではないかとささやかな期待をしています.
 
 日本耳鼻咽喉科学会のポスターをご覧になった方は,「味覚と嗅覚は文化の母」というフレーズを読まれたことと思います.因みに,「視覚と聴覚は文化の父」とことでしょうが,こちらの方は次回から「耳の日」を担当される方にお願いします(私の担当は今回が最後です).「文化の母」と言う割には,どうも病気のことばかり書くきらいがありましたので,今回は反省して「嗅覚」そのものについて触れてみることにしました.

 嗅覚と言うのは非常に原始的な感覚で,見たり聞いたりする能力のほとんどないような下等動物でも,非常に鋭敏な嗅覚を持っているそうです.これは,周囲の環境や食物という生命に直接関わる事象をこの感覚能力を通してとらえるためだと理解されます.哺乳類では,臭いと繁殖の時期に非常に緊密な関係があります.雄犬が,雌犬の性器の臭いを嗅いでいるのを見ることがありますが,雌が雄を受け入れる準備ができているかどうかを嗅ぎ分けているのです.サイは普段,雄と雌は別々に行動していますが,繁殖期になると雌が排泄した糞の臭いで,雄は交配可能な雌を見つけ出すのだそうです.

 人間の場合は,もっと多様です.口臭や腋臭は大変嫌われ,人間関係にも影響します.一方,嫌みでない程度の程良い香水の匂いは,相手に清潔感や好感を与えます.一方,どぎつくプンプンするような香水は,まったく逆効果となります.また,赤いバラの花束の匂いや霊前の線香の匂いなど,人間の社会生活の場面場面を演出し,時としてはその匂いに心情を重ね合わせることもあるでしょう.人間にとって,嗅覚が「文化の母」たる由縁です.

 ところが,最近「文化の母」の影が薄くなってきているという恐ろしい話があります.特に,今の世の中で一番ちやほやされている若い女性たちの間で,その傾向が目立つと言うのです.嗅覚の神経機能を保つには,きちんとした栄養を摂っていることが不可欠なのですが,極端なダイエットや偏食により亜鉛やビタミンが不足し,臭いや味がわからなくなる人が増えているのです.髪の毛を黄色やピンクに染め,顔をガンクロに塗りたくたり,爪をのばしてペイントしてみても,文化を味わえければ本当にお粗末な話です.文化人になるにはまず,バランスよく食べることが大切です.自分の体に備わった五感をフルに働かせ,文化を吸収し味わいましょう.

 何年かにわたり「鼻の日」の記事を書かせていただきましたが,自分で予防できることは自分で注意し,つまらないことで耳鼻科に行く必要はないという趣旨で一貫して書いて来たつもりです.そのことを今回も繰り返し強調したいと思います.嗅覚というすばらしい機能を保ち楽しむためには,やはり皆さんひとりひとりが普段からご自分の体を慈しむことが大切だと言うことを申し述べて,私の最終稿といたします.


平成12年 書き下ろし

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