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日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会は、茨城県の耳鼻咽喉科・頭頚部領域を専門とする医師が参加する会です。


耳の日
the Day of Ear


2003年(平成15年)

「『耳の日』に寄せて」−再生医療について−

文責:筑波大学臨床医学系耳鼻咽喉科講師 高橋和彦


神経の障害によって起こる病気は、なかなかもとの状態に戻ることが難しいものです。例えば、脳梗塞により半身の動きがきかなくなった場合、リハビリに多くの時間がかかりますし、幸い障害の程度が軽く比較的順調に運動機能が回復しても、感覚機能が回復しない場合があります。 耳鼻咽喉科領域は、嗅覚・聴覚・平衡感覚・味覚といった多くの感覚機能が集まった場所です。これらの機能は、日常生活において重要な働きをしますので、これらが損なわれると生活の質が著しく低下します。交通事故や脳梗塞などの後、「臭いが全くわからない。」とか「味がわからなくて食事がおいしくない。」などといった訴えで、耳鼻咽喉科の外来を受診される方もいます。そのような場合、時間経過とともにある程度感覚が回復する場合もありますが、元に戻らないことも多くあります。現代の最新医療技術をもってしても、神経障害、特に感覚神経の障害を元にもどすことは不可能です。
 最近、遺伝子治療や再生医療といった言葉を耳にされていると思います。皮膚の細胞を培養して大きな皮膚欠損を覆ったり、マウスの背中に人の耳介を作ったりというような事ができるようになってきました。
 耳鼻咽喉科領域でも、内耳の有毛細胞を再生させる試みがなされています。難聴や耳鳴りといった病気には、内耳の障害が関わっています。内耳の障害の多くは、感覚細胞であるコルチ器の有毛細胞の障害によっておきます。一般に、有毛細胞は薬物や騒音などに弱く、高度に障害されると再生されないことがわかっています。現在動物実験により、障害された有毛細胞の支持細胞領域に、遺伝子を移行させるためのウイルスベクターを注入したり、神経幹細胞を移植することが試みられています。一部の報告では、注入した領域に遺伝子の移行が認められたり、移植幹細胞の有毛細胞への分化を示唆する結果がでています。
 しかし、内耳は側頭骨という硬い骨のなかに存在しており、その中の有毛細胞に物質を到達させることは解剖学的に難しく、特殊な方法が必要です。また、内耳そのものも極めて小さい臓器であり、再生させる標的器官としては取り扱いが難しく、治療によって期待される成果も、高度で複雑で繊細な聴覚を元に戻すという点も、肝臓移植や腎臓移植のように再生医療の臨床応用がうまくいかない理由となっています。
 けれども、耳鼻咽喉科の大きな課題のひとつである「難聴・耳鳴りの治療」は、ゆっくりとした足取りですが確実に進歩してきています。今後さらに安全で確実な治療法を皆様に提供できるよう我々耳鼻咽喉科医は努力していきたいと考えています。

平成15年 書き下ろし


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