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日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会は、茨城県の耳鼻咽喉科・頭頚部領域を専門とする医師が参加する会です。


耳の日
the Day of Ear


2014年(平成26年)

「『耳の日』に寄せて」−耳と漢方−

文責:国立病院機構 霞ヶ浦医療センター 耳鼻咽喉科医長 星野朝文


 昨年の「『鼻の日』に寄せて」で、漢方のお話がありましたので、今回は「耳と漢方」と銘打って、お話をしたいと思います。

 耳鳴りは、耳鼻咽喉科でよく見かける疾患の一つです。発症後期間が短い耳鳴りは治る場合もあるのですが、比較的長い経過の耳鳴りは、治療を行ってもなかなか改善しないことが多いようです。一般的には、治療薬として血流改善薬、ビタミン剤などが用いられますが、なかなか効果の得られないこともあり、漢方薬を用いることもあります。その漢方薬の一つとして用いられるのが、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)という漢方薬です。耳鳴りに対する牛車腎気丸の効果は比較的知られており、漢方薬にそれほど詳しくない医師でも、この漢方薬を処方することは多いようです。私自身も時々処方しますが、すべての患者さんに効果があるとは言いませんが、一定の効果はあるようです。

 私は漢方医学には興味があるので、東洋医学の概念も含めていろいろ勉強しているのですが、この牛車腎気丸を処方するのをためらった時期があります。牛車腎気丸は、漢方医学における「腎の気」を補うので、“腎気丸”という名称なのです。「腎の気」とは「先天の気」とも呼ばれ、生まれながらにして持つ「気」です。つまり、これが失われるということは、それは加齢性変化ということになります。では、この牛車腎気丸は高齢者に対する処方ではないか、と考えました。すると、高齢者とは言えないほどの、中年・若年の方には使えないのでは、と処方をためらったのです。しかし、最近では高齢者でなくとも「腎の気」が低下している人もいる、とある漢方の勉強会でおっしゃっている先生がいました。その先生の言葉を借りますと、冷たい飲食物や生野菜の多量摂取(陰性食品とも言います)、過剰な冷房環境、ある種の薬剤の長期服用などが原因の一端を担っているとのことです。そのため、若い人でも「腎の気」が低下している状態はあるし、そういった人には牛車腎気丸のような処方が有効とのことでした。これ以来、高齢者以外でもこの処方を出せるようになりました。

 さて、この「腎」は、東洋医学の概念における五臓六腑の一つの「腎」です。一般に言われている腎臓とこの「腎」の概念は、完全に一致するものではありませんが、なんとなく近いものととらえていいでしょう。東洋医学の概念では、五臓(肝心脾肺腎)はほかの様々な概念と結び付けられて解説されています。例えば、五行(木火土金水)、五官(眼唇舌鼻耳)といった概念との関連では、「腎―水―耳」は深く関連があるとされています。腎臓の機能は血液中から老廃物を尿(水)として排出することであり、「腎―水」の関係にあります。また、先ほど挙げた「耳鳴りに牛車腎気丸」もその一例でしょうか、「耳―腎」の関係にあります。ところで、私が大学院で基礎研究を行っていた時に、ある転写因子をテーマに研究していました。その転写因子は、マウスの胎児の中で腎臓と内耳の基(もと)となるところに存在していて、それぞれの発育に重要な機能を持っていることがわかりました。また、別の研究者の成果では、大人のマウスの腎臓にも耳にもアクアポリンという水チャンネルの分子がそれぞれ存在することもわかっています。このように、東洋医学の概念である「腎―水―耳」のつながりは、意外にも現代医学に通ずるところがあります。


平成26年 書き下ろし

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