「『鼻の日』に寄せて」―妊娠と鼻疾患について―
文責:木内千紘 (筑波大学附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科)
女性のライフステージにおいて、妊娠・出産は大きなイベントの一つです。小さな生命を守るために体は大きく変化し、経験したことのない体調の変化を実感される方も多いのではないでしょうか。耳鼻咽喉科の疾患も例外ではなく、妊娠中に出現する鼻炎症状や耳の不調、めまい、繰り返す鼻出血など、マイナートラブルに悩まされることが多々あります。私自身、現在第2子を妊娠中であり、鼻出血や耳管開放症による耳閉塞感・自声強調(自分の声が響く)などを経験しました。今回は『鼻の日』にちなんで、妊娠に関わる鼻疾患、とくに鼻炎症状についてご紹介します。
妊娠中に起こる鼻炎症状は「妊娠性鼻炎」と呼ばれ、エストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンが鼻粘膜血管に作用し、また自律神経のバランスを変化させることで起こります。もともと鼻炎もちの方はその症状が悪化することもあるでしょう。また妊娠中は体内の循環血液量や体水分量が増え、鼻の浮腫みや血流増加により鼻閉や鼻出血の原因になります。ひどい出血を頻回に繰り返す場合は、貧血が進行したり、稀にホルモンの影響で増大する「化膿性肉芽腫(かのうせいにくげしゅ)」という、出血のしやすい鼻腔腫瘍が存在していたりすることもあるため、受診が必要です。
通常、鼻症状が胎児に影響を及ぼすことはないですが、多くの鼻炎症状は妊娠2-5カ月頃で発症し、妊娠初期の悪阻や様々な心身の変化に加えて鼻づまりやくしゃみ、鼻水などの症状による不快感やストレス、不眠を来しかねません。抗アレルギー薬などの薬剤は催奇形性(胎児に奇形をもたらすリスク)があり、特に妊娠超初期から4か月頃までは使用を避けることが望ましいとされています。妊娠5か月を過ぎると形態的異常の形成はなくなりますが、胎児移行性の高い薬剤は胎児の機能的な発育に影響を与える可能性があるため使用を控える必要があります。そのため薬剤に頼らず自ら行えるセルフケアが非常に重要で、アレルゲンとなるダニやハウスダストなどの対策として自宅の掃除、ふとん乾燥、除湿、花粉対策としてマスク・眼鏡の使用、帰宅時には衣服や髪を払う、花粉状況の把握、ペット抗原の対策としてペットの飼育環境の整備など、環境整備を積極的に行う必要があります。また温水での鼻洗浄(生理食塩水(0.9%の塩水)で鼻を洗う)や局所温熱療法(43℃の温かい蒸気を鼻から吸入する)、蒸しタオル、入浴なども有効です。どうしても薬剤の使用が必要な場合は耳鼻咽喉科を受診し、局所用薬である鼻噴霧薬を最小限に使用することから始め、内服薬は医師と相談の上安全性の高いものを処方してもらうと良いでしょう。
本邦では、アレルゲン免疫療法としてダニやスギの舌下免疫療法が行われていますが、妊娠中に治療を開始するのは全身副作用が出たときの母体や胎児へのリスクが高く禁忌とされています。維持療法を継続することは可能なため、妊娠前から重度のアレルギー性鼻炎の診断をされている方は妊娠前に治療を開始しておくことも選択肢です。同様に妊娠前であれば手術療法として鼻粘膜の縮小を目的としたレーザー手術や鼻閉改善目的の手術(粘膜下下鼻甲介切除術、鼻中隔矯正術)、鼻漏改善目的の後鼻神経切断術などを行うことも可能なため、あらかじめ耳鼻咽喉科で相談してみるのもよいかもしれません。
妊娠中は、予想外の体の変化がたくさん起こります。この記事が出産を控えている妊婦さんやこれから妊娠を考えている方、妊婦さんを支えるパートナーの方々の手助けに少しでもなれば幸いです。
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2025年 書き下ろし