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日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会は、茨城県の耳鼻咽喉科・頭頚部領域を専門とする医師が参加する会です。


鼻の日
the Day of Nose


2011年(平成23年)

「『鼻の日』に寄せて」―嗅覚障害について―

文責:筑波大学医学医療系耳鼻咽喉科講師 西村文吾

鼻は人間にとって重要な機能を持っています。呼吸をし、吸い込む空気をきれいにしたり適度な温度や湿度を与えたり、音声の構築に関わったり…と様々あるのですが、一番わかりやすい機能は「においを嗅ぐ」ことでしょう。嗅覚といいますが、においを嗅ぐ、においを感知することは動物的にも非常に原始的な機能です。においによって相手(敵であったり、また生殖行動の相手であったり)を認識したり、食べるものが安全か確認したりといった、生命維持に関わる器官として多くの動物にとって大変重要な働きを持っています。

人間にとっても腐ったものや毒物を識別したり、ガス漏れを検知したりと、身の安全を守るために必要な機能もありますが、花のにおいを愛でたり、お香やアロマに心落ち着かせたりと、精神の安定や心豊かに生きることに役立つ側面も大いにあります。食べ物や飲み物も、単に安全かどうかだけではなく、におい、香りも味わうことで、味覚とともに食事をさらに深く楽しむことにつながります。異性を惹きつけるフェロモンの働きは人間では退化したとも言われていますが、爬虫類や両生類、哺乳類のフェロモンの受容体は鼻にあることが知られています。適度な香水の香りに心くすぐられたりなんてことは、人間にとって嗅覚が単に悪い臭気の認識のためだけに働いているだけではないことの証左と言えると思います。昔から危険や好機を察知する能力に長けることを「鼻が利く」と言いますが、鼻が“利かない” ことは動物にとっても人間にとっても非常に不利なことなのです。

そんな嗅覚の働きが悪くなる「嗅覚障害」でお困りの方もいらっしゃいます。さまざまな原因があるのですが、大きく分けると以下のように分類されます。

①呼吸性嗅覚障害:鼻の中の空気の流れの問題や、鼻づまりが原因となります。風邪やアレルギー性鼻 炎、慢性副鼻腔炎や鼻茸などの疾患や、鼻中隔彎曲症などの鼻腔形態異常が挙げられます。

②嗅上皮性嗅覚障害:鼻の中のにおいを感じる細胞の障害によるものです。風邪やウイルス感染による 鼻炎、副鼻腔炎などの炎症によって障害が生じることが多いです。その他有害ガスの吸入による障害(アセチレン、シンナー)、加齢による変化も挙げられます。

③混合性嗅覚障害:①と②の合併した場合。慢性副鼻腔炎に多く見られます。

④中枢性嗅覚障害:においの神経から脳に至る経路での障害によるもの。頭部外傷、脳腫瘍、脳卒中な どによるものが挙げられます。

なかなか原因がはっきりしないこともありますが、以上のような原因疾患のうちで治療可能なものがあればその治療を行うことで嗅覚が回復する可能性があります。アレルギー性鼻炎の治療薬も現在ではかなり有効で副作用の抑えられたものがあります。慢性副鼻腔炎による嗅覚障害も多いようですが、内服治療で改善したり、内視鏡による手術治療で嗅覚が回復する場合も多く見られます。風邪に関わる嗅覚障害は一時的なことが多いのですが、まれに長引くこともあります。嗅覚障害自体の治療としてはステロイドの点鼻やビタミンB12の内服、ATP製剤の内服などが一般的ですが、回復には数カ月を要する場合もあり、障害の程度によっては嗅覚障害が残存することもあります。また、嗅覚障害をきっかけに検査を行うことで鼻や副鼻腔の腫瘍、においの細胞にできる腫瘍(嗅神経芽細胞腫という悪性腫瘍があります)や脳腫瘍が見つかることもあるのです。

においが変だな、わかりづらいかなと思ったら、“鼻を利かせて”早めに耳鼻咽喉科を受診することをお勧めします。

平成23年 書き下ろし

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