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日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会は、茨城県の耳鼻咽喉科・頭頚部領域を専門とする医師が参加する会です。


耳の日
the Day of Ear


2010年(平成22年)

「『耳の日』に寄せて」−遺伝性難聴について−

文責:筑波大学人間総合科学研究科耳鼻咽喉科講師 星野朝文

遺伝性難聴という言葉をご存じでしょうか?

遺伝性難聴、あるいは遺伝病というと、すごく特殊な病気のように考えられる方もいらっしゃいますが、実はそれほど珍しいものではありません。生まれながらにして難聴をお持ちの方(先天性難聴といいます)が1000人生まれると約1人難聴の方がいるといわれ、そのさらに約半数が遺伝性難聴であるといわれています。すると、計算上は2000人生まれると1人(1/1000の半分)が遺伝性難聴を生まれながらにして持っているということになります。また、生まれた後に難聴が出現するタイプの遺伝性難聴も報告されており、こちらについては具体的にどれくらいの数かは正確に把握されていませんが、原因不明の難聴の一部に遺伝性難聴が含まれていると考えられています。このように、遺伝性難聴は決してまれな疾患ではありません。

では、どうやって遺伝性難聴であるかを診断するかですが、これは近年の遺伝子研究の発展とともに、少しずつ病院で検査ができるようになってきました。2008年に信州大学で、「先天性難聴の遺伝子診断」が先進医療として認められました。筑波大学でも、現在準備中であり、来年度を目標に遺伝子診断を開始する予定です。この流れは全国的に拡がっており、遺伝性難聴と診断を受ける方が今後増えてくることが予想されます。遺伝性難聴に対しての根本的治療は今のところ確立されていませんが、補聴器や人工内耳を用いることで聴力の一部を改善させることができます。遺伝子難聴のタイプによって、人工内耳手術による聴力改善の成績が変わることが報告されており、手術する前にある程度手術後の聴力も予想できるようになるかもしれません。筑波大学でも、高度難聴に対し人工内耳手術を積極的に行っており、特に昨年から先天性難聴に対して小児への人工内耳術も開始しました。こういった意味でも、遺伝子診断は重要になってくるものと考えられます。

しかし、今後遺伝性難聴の診断が拡がってくると、様々な問題点が挙がってくることが予想されます。一つは、遺伝子という言葉に対する過剰反応です。最近食品などで「遺伝子組換していない原材料を使用しています」との記載が目立つようになってきましたように、遺伝子という言葉に敏感になっているような傾向がみられます。また、遺伝病というと、人によっては家系・血族の問題、と拡大解釈されるおそれがあります。このような誤解や誤謬が遺伝子診断を行っていく上での弊害になる可能性があります。二つ目は、出生前診断についてです。遺伝性難聴以外の遺伝病、特に生命の危機に伴う遺伝病の場合、出生前診断を含めた遺伝子診断が行われています。しかし、難聴は生命に危険を及ぼすことがないため、出生前診断をすることは一般にないといわれています。それでも検査を希望される方に対し、検査を行うべきかどうかにいても、今後問題になってくることが考えられます。三つ目は、遺伝子情報をどこまで知らせるか、という問題です。遺伝子を調べることで、難聴以外の疾患についても情報があった場合、そのことすべてを伝えるのがいいのか、あるいは必要なもののみ伝えるのがいいのかが問題になってきます。また、疾患情報を含む個人情報ですので、今まで以上に厳重に情報管理をしなければならないなどの問題点も考えられます。

さまざまな課題もありますが、今まで原因不明とされてきた疾患が、原因がはっきりすることで得られるメリットが多いのは事実です。このように、今後遺伝性難聴と診断される方が増えてくることが十分に予想されますので、ご自身、あるいは身近な方が診断を受けることがあるかもしれません。この「耳の日」を機会に、遺伝性難聴について少し考えてみてはいかがでしょうか?

平成22年 書き下ろし

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